家族とリアリティー

とある会合。参加者全員が各々、短い話をする次第となった。私は、母の話をした。帰宅すると母の取り留めのない話に付き合わされ、苦労しているというよもやまだった。
スピーチの後、とある人が私にこう言った。
「まあ、君がマザコンってことはよくわかったよ」
ザコン。男にとって代替し難い侮蔑のレッテルである。酒の席であったし、私は「イヤ、ばれちゃいましたね」と応じたが、内心は穏やかでない。正直なところ、「親離れ・子離れ」が進んでいない家庭に私は身を置いている。
だがこのようなジレンマは、私だけではなく、アドレセンスを過ぎた若輩に一定の理解が得られるものと信じている。そして、家族との対話を失うことが、「最後のリアリティ」の喪失ではないか、と、私は考えてしまうときがあるのだ。
横浜の港北ニュータウンは、ちょうど私の両親が成人した頃に造成され、幼少期は私も多くの時間を過ごした。同世代の世帯構成を持つ家族は、こぞってニュータウンに住んでいたイメージがある。
しかし、このニュータウンも、ドーナツ化や玉川・武蔵小杉再開発などの影響を受け、全時代の遺物となってしまった。大きなマンションが建つはずだったであろう地に整備された、やけに広い公園が虚しい。
そのニュータウンに、新たな開発の機運が高まっているという。巨大集合住宅を、介護施設にリノベーションし、再興を目論むというのである。ターゲットは、そのニュータウンに希望を持ち、住宅を購入した、その彼らである。
親元を離れ、核家族となることを選ぶ。子供に迷惑をかけない、死に方を選ぶ。同じ地で。
彼らは、バブル–ポストバブル、時代の流れに沿って生きていくことを強く要求された世代だ。その中で、家族を寸断することによって、自分の経営する「家族」をせめて持ちたい、そう望んだのではないか。
そしてここに、我々の世代と「リアリティ的なもの」が大きく異なる点ではないかと私は考える。ソーシャル世代とリアリティに関して、聡明な人なら一つ思うところあるだろう。ここで、親世代にとっての「家族」という補助線を当ててみる。
だから、私は家族こそが「最後のリアリティ」であると考えている。人との寸断が「ソーシャル」を作り、リアリティが失われていく。しかし私たちは、人間的なものから脱却できず、ママの愚痴を右から左に聞き流すのだ。
家族との交流は、草の根の平和維持活動である。長年家を空け世界の平和に貢献する活動家は、私にとっては信用ならない。「アメリカン・スナイパー」のクリス・カイルも、どうだっただろうか。
フェイスブックにシェアされる、家族写真。実際のところ、私には実家のリビングにすら、それを持ち合わせていないのだが。
家族と、生きる。それはもはや、日常ではないのかもしれない。