マウンティング

文章を書いてご飯を食べる仕事に就いて半年が経ちました。これくらいの若造では普通会えないような人に会わせてもらったり、たまに原稿を取り上げてもらったり、まさに会社のお金で勉強している、奨学生のような生活が続いています。

 非常に贅沢な環境で学んでいるとは思いますが、反省が一つだけあり、それは自分のために本を読み、文章を書く時間がまるでなかったことです。取材対象の関係書籍や資料などは夜を徹して読むことはありますが、学生の頃むさぼるように読んだ楽しい小説とかエッセイは、はっきり言って「時間のムダ」とさえ思うときもありました。どれくらい本を読んでいなかったかというと、あれだけ話題になった村上春樹の「職業としての小説家」が新潮から文庫化された今、初めて手に取っているくらいです。「最近の若い人は本を読まない」と言いますが、文章を読むのは根気のいる作業ですから、電通の新入社員が自殺するような過剰労働時代にそこまで要求するのはいくらなんでも酷じゃないでしょうか。

 村上氏独特のレトリックが詰まった一冊、ファン垂涎のものだと察しますが、同じく言葉を仕事にすることになった僕にも大きな刺激を与えてくれ、だから今こうやって夢中になってパソコンに文章を打ち込んでいます。「小説家になることはむずかしくない」「芥川賞なんて欲しくなかった」など、なかなか挑戦的なことが書いてありますが、易しい文体で誰にでもわかる理屈でその根拠を説明するあたり、やはり言葉を使うことが好きで好きでたまらない、初めて自転車を買ってもらった子供のような気持ちでキーボードに向き合っているのではないかと勝手に思っています。

ただ一つ感じてしまったのは同じ物書きとして、「上司の話」を聞かされているときに近いものがある、ということです。もちろん才能も格もはるかに別格な方に肩を並べてものを言おうとすること自体無意味ですが、エッセイだからよかったけれど、飲み会でこの話をされたら辛いだろうなあ…と率直に感じました。村上氏も定期的に「これを言ってもわかってもらえないと思うけど」と弁明しているのですが、はっきり言ってあまり意味のない言葉です。

近頃「マウンティング」という言葉が使われるのをよく耳にするようになりました。マウンティングとは知識量や立場などを利用して、相手に一方的に自分の意見を押し付け、自分の優位性を確保しようとするコミュニケーション方法です。「お前はモノを知らないから…」「俺の時代はな…」「○○社の○○社長とよく飲むんだけどさ……」など、上下関係のある酒の席では定番の会話ですね。最近は女子会でも、「私が上」となるような会話の回し方をする人が多いらしく、辟易しながら帰る人も多いと聞きます。

僕の仕事もすべてが自由なわけではなく、当然上司や取引先がいて、その方にどうやったら好かれるかを考えたり、時には偉そうに自分の意見を言わなければならなかったりする時もあります。またゼミのOB会や企業のOB訪問などで、今度は後輩と会う機会もあり、その時はマウンティングまではいかなくても、教壇の上に立ったような気持ちになるときがどうしてもあります。たいていの場合僕がするのは「しくじり先生」みたいな話なんですが。

「立場を利用してしか若い人とコミュニケーションを取れない、寂しいオジサンのコミュニケーション方法」との批判がネットに上がっているのを見て、確かにその通りだなァと共感しつつも非常に耳が痛かったです。人間なんてそんな大して強くないですから、どうしても相手より優れていることをアピールしたくなっちゃうんです。そう批判している人も「マウンティング予備軍」になるわけですから。

 だから建設的なのは、そういったオジサンにならないようにすることを心掛けるのではなく、「マウンティングされない方法」を模索することなのではないかと思いました。立場もあるのでなかなか難しいですが、没コミュニケーションになればなるほど、向こうは上から覆いかぶさってくる確率が高くなりますから、こちらから会話のきっかけを作るのが重要です。

その模索のひとつめは、「相手が知らないことを教える」ことです。いわば逆マウンティングをして、立場を中和させようとする試みです。ここで大切なのは、オジサンが全然興味ない話題をチョイスしないこと、本当は知らなくてもいいようなどうでもいい話をすることです。これを怠ると、「えー先輩知らないんですか~こんなことも」と、本当に逆マウンティングになってしまいます。「そういえばこの前仕事した○○産業のだれだれさん、うちの○○と同期って知ってました?」とか、「先輩の乗ってるクルマ、ニューモデル出ましたね」とか。たぶんこんな感じで、凝り固まった話題を拡げていくのは戦略の一つですね。「へえこの人意外なこと知ってるな」と思って、相手へ心を開きたくなった経験がある人は多いと思います。

それよりも大事なのは、質問をするということです。マウンティングはつまるところディスコミュニケーションの一体系でしかないのですから、「僕も○○な時に先輩と同じような考えを持ったことがあるんですが、先輩はどんなタイミングでそのような発想にたどり着いたんですか?」と聞いてみたり、知らないワードをまくしたてられたら素直に「それ、なんですか?」と返せば、相手は喜んで話してくれます。マウンティングされるより話が長くなる危険もありますが。

とにかくマウンティングが苦痛で苦痛で仕方ないのであれば、なんとかしてその場を面白くしようとする工夫したほうがいいのかなと思いました。僕が上司に教わって一番役に立ったのは。「失礼なことを言え」ということです。「いえいえ、先輩は素晴らしいですから……」とかなんとか畏まるよりも、「いや~やっぱ先輩もいっぱいしくじってますね~」くらいの茶々を入れたほうが、仲良くなる速度が圧倒的に違うのをこの半年で実感しました。僕もまだまだ勉強中ですが、「最近のおじさんは」と諦める前に、会話のリングに立つ意思を示していきたいものです。以上、最近読んだ本と気になった言葉の話でした。