リネン

 

「マルシンスパ」の浴槽からは、渋谷区から世田谷区にわたる東京城西地区が一望できる。右側に世田谷ビジネススクエア、左端にキャロットタワー。「僕が住んでいた街」だ。

 

ーー

外の様子が伺えないほどの驟雨が降っていた。

水分量が多く、灰色の空とアスファルトが、雨の線でひと繋ぎに溶け合ってしまいそうだ。

気温が下がるほどの雨は、夏めくほど珍しくなる。アイスにしようと思っていたコーヒーをホットで飲むことにして、冷凍庫から出しかけた氷を閉まった。

 

巷では芍薬を飾るのが流行っているらしい。おしとやかで嫌味がない芍薬は、きちんと畳んで積み上げられたリネンのような清潔感がある。それでいて、アップルやアドビの製品のサンプル画像でよく見る、シャープな輪郭の色気がある。俺は芍薬に興味があるが、間違いなく芍薬は俺に興味がない。それだけは確実だから、安心して花屋に並ぶ芍薬を鹿十することができる。

 

焼き餅を焼いたのか知らん百日紅ドライフラワーが、南に面する出窓で粉々になっていた。机の上で花火が炸裂したかのように、黄ばんだ花弁の破片が散らばる。買ったのは去年のクリスマスごろくらいだったか、長く飾りすぎだ。

 

そもそも、虫が良すぎたのだ。水を遣らなくても、細々とサマになる百日紅が窓際にあれば、それで十分だと思っていた。俺は十分かもしれないが、百日紅にはたいへん失礼なことをした。ドライフラワーだって、水が欲しかったわけではない。少しでも、芍薬と同じように扱ってくれれば、過分に何かを望まなかったはずだ。百日紅の骸は、故郷の夏を迎えることなく、出窓の花瓶から姿を消した。

 

 

飲みかけのコーヒーがぬるくなるころには、雨粒は消えていた。入れ替わるように、出窓から強烈な夕暮れが注がれ、部屋を惜別で満たす。30cm四方の借景に顔を突き出すと、線香と煮物の香りが運ばれてきた。

仕事があろうがなかろうが、右打者のインコースに食い込む時速130㎞台のカットボールが投げられられようがなかろうが、油断すれば流しは臭ってくるし、トイレは黒ずむ。現を抜かしている場合ではないと、羽織っているジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。

 

ーー

サライ」とはペルシア語で「宿」という意味らしいが、ダヴィンチに使えたサライという男は、とんでもないコソ泥で家人も手を焼いたという。サライサライ、人サライ、なんて。